2026年版・3-2

子ども家庭福祉の歴史の一問一答

保育士 筆記試験「子ども家庭福祉」から、子ども家庭福祉の歴史に関する4択問題を10問。「答えと解説を見る」を開くと、正解とその理由がその場で読めます。会員登録は不要です。

この分野の演習

全10問/解説つき・基本無料

アプリ形式で解く(全1000問) 子ども家庭福祉の要点解説を読む
問題

上から順に解いてみてください。答えは各問の下で確認できます。

問13-2

人物と、その人物が創設した施設の組み合わせとして、正しいものはどれか。

  • ①留岡幸助 ― 滝乃川学園
  • ②石井亮一 ― 家庭学校
  • ③石井十次 ― 岡山孤児院
  • ④糸賀一雄 ― 整肢療護園
答えと解説を見る
正解 ③石井十次 ― 岡山孤児院
解説

石井十次は1887年(明治20年)に岡山孤児院を創設し、「日本の児童福祉の父」とも呼ばれます。多くの子どもを受け入れながら、少人数で家庭に近い生活を送る小舎制や、里親への委託などを取り入れ、「岡山孤児院十二則」と呼ばれる養育方針を示しました。大規模な施設でも子ども一人一人の生活を大切にしようとした点が、現在の小規模化・家庭的養護の考え方の先駆けとして評価されています。

他の選択肢が不適切な理由

・留岡幸助 ― 滝乃川学園:留岡幸助が創設したのは、非行少年の感化教育を行った「家庭学校」(1899年、東京・巣鴨)です。
・石井亮一 ― 家庭学校:石井亮一が創設したのは、日本初の知的障害児のための施設とされる「滝乃川学園」です。
・糸賀一雄 ― 整肢療護園:糸賀一雄は「近江学園」「びわこ学園」を創設しました。整肢療護園は、肢体不自由児の療育を進めた高木憲次が創設した施設です。

【覚え方のポイント】
「石井」が2人いるのが混乱のもとです。十次(じゅうじ)=孤児院(こじいん)、亮一=知的障害児の滝乃川学園、と分けます。留岡=家庭学校(感化)、糸賀=近江学園(「この子らを世の光に」)、高木=肢体不自由(「療育」)とセットにしましょう。
問23-2

1899年(明治32年)に東京の巣鴨に「家庭学校」を創設し、非行少年に対して家庭的な環境のもとで感化教育を行った人物はだれか。

  • ①石井十次
  • ②留岡幸助
  • ③赤沢鍾美
  • ④石井亮一
答えと解説を見る
正解 ②留岡幸助
解説

留岡幸助は、監獄の教誨師(受刑者に教えを説く職)として働くなかで、罪を犯した人の多くが幼いころに不遇な環境で育ったことに気づき、子どもの時期の教育が大切だと考えました。アメリカで感化事業を学んだのち、1899年に東京・巣鴨に家庭学校を開き、夫婦の職員が子どもと寝食をともにする家庭的な小舎で、生活と労働を通じた感化教育を行いました。1914年には北海道家庭学校を開いています。この流れは、感化院・教護院を経て、現在の児童自立支援施設につながります。

他の選択肢が不適切な理由

・石井十次:1887年に岡山孤児院を創設し、孤児の養育に尽くした人物です。
・赤沢鍾美:1890年、新潟の私塾「新潟静修学校」で、学ぶ生徒が連れてきた幼い弟や妹を預かったことが、日本の保育所の始まりとされています。
・石井亮一:知的障害児のための滝乃川学園を創設した人物です。

【覚え方のポイント】
非行の子どもの施設は「感化院(感化法・1900年)→少年教護院→教護院→児童自立支援施設(1997年改正)」と名前が変わってきました。その源流が留岡幸助の家庭学校、と一本の線で覚えましょう。
問33-2

次のA〜Dのうち、日本の子ども家庭福祉の歴史に関する記述として正しいものを○、誤ったものを×とした場合の正しい組み合わせはどれか。
A 1874年(明治7年)に制定された恤救規則は、身寄りのない困窮者を救う公的な救済制度であった。
B 1900年(明治33年)に制定された感化法により、非行少年を保護・教育する感化院が法的に位置づけられた。
C 児童福祉法は、第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に制定された。
D 児童虐待を防止する法律は、2000年の児童虐待の防止等に関する法律が日本で初めてのものである。

  • ①A○ B○ C○ D○
  • ②A○ B× C○ D×
  • ③A× B○ C× D○
  • ④A○ B○ C○ D×
答えと解説を見る
正解 ④A○ B○ C○ D×
解説

Aは○です。恤救規則(1874年)は、日本最初の全国的な救貧制度で、身寄りがなく自力で生活できない人を対象としましたが、「人民相互の情誼(助け合い)」を基本とし、公的救済は限定的なものでした。Bは○です。感化法(1900年)で、非行少年を保護・教育する感化院が法的に位置づけられました。Cは○です。児童福祉法は、戦後の戦災孤児や浮浪児の問題を背景に、1947年12月に公布されました。Dは×です。日本では1933年(昭和8年)に、児童を虐待から守るための旧児童虐待防止法が制定されています(児童福祉法の制定に伴い廃止)。2000年の児童虐待の防止等に関する法律は、これとは別の現行法です。

他の選択肢が不適切な理由

・A○ B○ C○ D○:Dを○としている点が誤りです。1933年に旧児童虐待防止法がありました。
・A○ B× C○ D×:感化法(1900年)の記述は正しく、Bを×とするのは誤りです。
・A× B○ C× D○:恤救規則と児童福祉法の記述はいずれも正しく、Dも誤りなので、全体として誤りです。

【覚え方のポイント】
戦前の子どもに関わる法律は「恤救規則(1874)→感化法(1900)→救護法(1929年制定・1932年施行)→旧児童虐待防止法・少年教護法(1933)」の順です。「虐待防止法は戦前にもあった」がひっかけの定番です。
問43-2

次の法律・文書を制定された年の古い順に並べたものとして、正しいものはどれか。

  • ①児童憲章 → 児童福祉法 → 母子保健法 → 児童虐待の防止等に関する法律
  • ②児童福祉法 → 母子保健法 → 児童憲章 → 児童虐待の防止等に関する法律
  • ③児童福祉法 → 児童憲章 → 母子保健法 → 児童虐待の防止等に関する法律
  • ④児童福祉法 → 児童憲章 → 児童虐待の防止等に関する法律 → 母子保健法
答えと解説を見る
正解 ③児童福祉法 → 児童憲章 → 母子保健法 → 児童虐待の防止等に関する法律
解説

制定年は、児童福祉法が1947年、児童憲章が1951年、母子保健法が1965年、児童虐待の防止等に関する法律が2000年です。したがって「児童福祉法→児童憲章→母子保健法→児童虐待の防止等に関する法律」が正しい順序です。戦後すぐに子ども全体の福祉を定める基本法ができ、その理念を国民の約束として示したのが児童憲章、高度経済成長期に母と子の健康を守る仕組みが整い、虐待の深刻化を受けて2000年に虐待防止の専門法ができた、という時代の流れで理解すると忘れにくくなります。

他の選択肢が不適切な理由

・児童憲章が先頭:児童憲章(1951年)は児童福祉法(1947年)より後です。
・母子保健法が児童憲章より前:母子保健法は1965年で、児童憲章(1951年)より後です。
・児童虐待防止法が母子保健法より前:児童虐待の防止等に関する法律は2000年で、最も新しい法律です。

【覚え方のポイント】
1960年代前半〜半ばには、児童扶養手当法(1961年)、母子福祉法(1964年)、母子保健法(1965年)など、ひとり親家庭と母子保健の法律がまとまって作られました。「40年代=児童福祉法、50年代=児童憲章、60年代=母子関係の法律、70年代初め=児童手当法(1971年)、2000年=虐待防止法」と年代でグループ化しておきましょう。
問53-2

19世紀後半のイギリスで、貧困や孤児の子どもたちのためのホームを開き、多くの子どもを大きな建物に集めるのではなく少人数で暮らす小舎(コテージ)での養育や、一般の家庭に子どもを預ける里親委託(ボーディング・アウト)を取り入れた人物はだれか。

  • ①トーマス・バーナードー
  • ②ロバート・オーエン
  • ③ジェーン・アダムズ
  • ④ヤヌシュ・コルチャック
答えと解説を見る
正解 ①トーマス・バーナードー
解説

トーマス・バーナードー(1845〜1905年)はイギリスの社会事業家で、1870年にロンドンのイーストエンドで、貧しい子どもや身寄りのない子どものための最初のホームを開きました。その後、多くの子どもを一つの大きな建物に収容するのではなく、少人数の子どもが職員と家庭のように暮らす小舎(コテージ)を集めた「村」の形の施設をつくり、さらに子どもを一般の家庭に預けて育ててもらう里親委託(ボーディング・アウト)も取り入れました。子どもをできるだけ家庭に近い環境で育てようとしたこの取組は、現在の施設の小規模化や、家庭養育を優先する考え方の先駆けといえます。日本でも、岡山孤児院を開いた石井十次が、こうした方法を参考に小舎制や里親委託を取り入れたとされています。

他の選択肢が不適切な理由

・ロバート・オーエン:イギリスの工場経営者で、1816年にニュー・ラナークの工場に性格形成学院を開き、その中に幼い子どものための学校(幼児学校)を設けた人物です。孤児のためのホームや里親委託を広めた人物ではありません。
・ジェーン・アダムズ:1889年にアメリカ・シカゴにセツルメント施設「ハル・ハウス」を開いた社会事業家です。
・ヤヌシュ・コルチャック:ポーランドの医師・教育者で、ワルシャワの孤児院で子どもの自治を尊重する実践を行いました。その思想は子どもの権利条約の源流の一つとされています。

【覚え方のポイント】
「バーナードー=イギリス・小舎(コテージ)・里親委託(ボーディング・アウト)」「石井十次=日本・岡山孤児院で小舎制と里親委託」と、日英の先駆者を対にして覚えます。オーエン=性格形成学院(幼児教育)、アダムズ=ハル・ハウス(セツルメント)、コルチャック=子どもの権利、と人物ごとのキーワードを一つずつ結びつけておきましょう。
問63-2

子どもの権利に関する国際的な歩みについての記述として、誤っているものはどれか。

  • ①1924年に国際連盟で、子どもの保護をうたうジュネーブ宣言が採択された。
  • ②1959年に国際連合で、児童の権利に関する宣言(児童権利宣言)が採択された。
  • ③1948年の世界人権宣言は、子どもの権利に限った初めての国際文書である。
  • ④1979年は、児童権利宣言の採択20周年を記念して国際児童年とされた。
答えと解説を見る
正解 ③1948年の世界人権宣言は、子どもの権利に限った初めての国際文書である。
解説

1948年に国際連合で採択された世界人権宣言は、子どもに限らずすべての人の基本的人権を定めた文書です。子どもの権利に限った国際的な文書としては、1924年に国際連盟が採択したジュネーブ宣言(児童の権利に関するジュネーブ宣言)が最初とされています。第一次世界大戦で多くの子どもが犠牲になったことを背景に、「人類は児童に対して最善のものを与える義務を負う」という考え方が示されました。

他の選択肢が適切な理由

・1924年ジュネーブ宣言:国際連盟で採択された、子どもの権利に関する最初の国際的な宣言で、正しい記述です。
・1959年児童権利宣言:国際連合で採択され、子どもの最善の利益などの考え方が示されました。正しい記述です。
・1979年国際児童年:児童権利宣言の20周年を記念したもので、正しい記述です。この前年の1978年にポーランドが条約の草案を国連に提出し、1979年から起草作業が始まったことが、1989年の子どもの権利条約につながりました。

【覚え方のポイント】
「1924ジュネーブ宣言(連盟)→1948世界人権宣言(全ての人)→1959児童権利宣言(国連)→1979国際児童年→1989子どもの権利条約」。「宣言」は法的拘束力がなく、「条約」は締約国を拘束する、という違いも一緒に押さえておきましょう。
問73-2

1909年にアメリカで開催され、「家庭生活は文明の最高の創造物である」として、子どもはできる限り家庭で養育されるべきだと表明した会議はどれか。

  • ①国際連盟総会
  • ②国際連合総会
  • ③ミルフォード会議
  • ④第1回白亜館会議
答えと解説を見る
正解 ④第1回白亜館会議
解説

第1回白亜館会議(ホワイトハウス会議)は、1909年にセオドア・ルーズベルト大統領の呼びかけで開かれた、要保護児童についての会議です。この会議では、「家庭生活は文明の最高の創造物である」として、緊急でやむを得ない理由がない限り、子どもを家庭から引き離すべきではないこと、家庭で養育できない子どもも施設より里親など家庭的な環境で育てることが望ましいことが表明されました。家庭養育を重視する考え方の歴史的な出発点として、社会的養護の分野でよく取り上げられます。

他の選択肢が不適切な理由

・国際連盟総会:国際連盟は第一次世界大戦後の1920年に発足しており、1909年には存在しません。1924年にジュネーブ宣言を採択しました。
・国際連合総会:国際連合の発足は1945年で、1959年に児童権利宣言、1989年に子どもの権利条約を採択しました。
・ミルフォード会議:1923年から1929年にかけてアメリカで開かれた、ソーシャル・ケースワークの共通の基盤を検討した会議です。1929年の報告書で、分野を越えて共通するケースワークの考え方(ジェネリック・ソーシャルワーク)を示しました。家庭養育を表明した1909年の会議ではありません。

【覚え方のポイント】
「1909年・アメリカ・ルーズベルト・家庭は文明の最高の創造物」をセットで。日本の児童福祉法第3条の2が定める家庭養育優先原則と、100年以上前からある考え方として結びつけておくと理解が深まります。
問83-2

2004年(平成16年)の児童福祉法改正の内容として、正しいものはどれか。

  • ①児童相談所を都道府県に設置することを、初めて法律上義務づけた。
  • ②市町村の業務として子どもと家庭の相談に応じることを明確にした。
  • ③市町村にこども家庭センターの設置に努めることを新たに求めた。
  • ④保育所への入所を、行政の措置から保護者が選択する方式に改めた。
答えと解説を見る
正解 ②市町村の業務として子どもと家庭の相談に応じることを明確にした。
解説

2004年の児童福祉法改正では、児童虐待の相談の急増に対応するため、市町村を子どもと家庭に関する相談の最初の窓口と位置づけ、相談に応じ、必要な調査・指導を行うことを市町村の業務として明確にしました。児童相談所は、より専門的な対応が必要な事例を担い、市町村を後方から支援する役割に重点を置くことになりました。同じ改正で、関係機関が情報を共有して支援する要保護児童対策地域協議会が法律に位置づけられています。

他の選択肢が不適切な理由

・児童相談所の設置を初めて義務づけた:児童相談所は1947年の児童福祉法制定時から都道府県に設置することとされています。
・こども家庭センターの設置に努めることを求めた:こども家庭センターは2022年の改正で創設され、2024年4月に施行されました(第10条の2)。
・保育所入所を選択する方式に改めた:1997年の改正の内容です。

【覚え方のポイント】
「2004年は市町村の年」。相談の一次窓口が市町村になり、要保護児童対策地域協議会ができた、と覚えます。その後、2016年改正で市町村に子ども家庭総合支援拠点の整備が努力義務とされ、2022年改正でこども家庭センターへと発展した、と流れで押さえましょう。
問93-2

日本の子ども家庭福祉の先駆者に関する記述として、誤っているものはどれか。

  • ①赤沢鍾美は、新潟静修学校で生徒が連れてきた幼い弟妹を預かり、保育を行った。
  • ②野口幽香は、森島峰らとともに貧しい家庭の子どものための二葉幼稚園を開いた。
  • ③糸賀一雄は近江学園を創設し、「この子らを世の光に」という言葉を残した。
  • ④高木憲次は滝乃川学園を創設し、知的障害児の教育と保護の道を切り開いた。
答えと解説を見る
正解 ④高木憲次は滝乃川学園を創設し、知的障害児の教育と保護の道を切り開いた。
解説

高木憲次は整形外科医で、肢体不自由児の治療と教育を一体として行う「療育」という考え方を提唱し、1942年に整肢療護園を開設しました。滝乃川学園を創設して知的障害児の教育と保護の道を開いたのは石井亮一です。「肢体不自由=高木憲次」「知的障害=石井亮一」と対象の障害で区別することがポイントです。

他の選択肢が適切な理由

・赤沢鍾美:1890年、新潟静修学校で、学ぶ生徒が連れてきた幼い弟妹を別室で預かったのが始まりで、日本の保育所の源流の一つとされています。正しい記述です。
・野口幽香:1900年、森島峰(美根)とともに東京に二葉幼稚園を開き、貧しい家庭の子どもの保育に取り組みました。のちに二葉保育園となります。正しい記述です。
・糸賀一雄:1946年に近江学園、1963年に重症心身障害児のためのびわこ学園を創設し、障害のある子どもが自ら輝く存在であるという意味を込めて「この子らを世の光に」と述べました。正しい記述です。

【覚え方のポイント】
障害児福祉の先駆者は「石井亮一=知的障害(滝乃川学園)」「高木憲次=肢体不自由(療育・整肢療護園)」「糸賀一雄=知的障害・重症心身障害(近江学園・びわこ学園)」。保育の源流は「赤沢鍾美(新潟)」「野口幽香(東京・二葉)」の2人をセットにしましょう。
問103-2

1997年(平成9年)の児童福祉法改正による施設の名称変更の組み合わせとして、正しいものはどれか。

  • ①母子寮 ― 児童家庭支援センター
  • ②養護施設 ― 乳児院
  • ③教護院 ― 児童自立支援施設
  • ④教護院 ― 児童心理治療施設
答えと解説を見る
正解 ③教護院 ― 児童自立支援施設
解説

1997年の児童福祉法改正(1998年施行)では、施設の目的に「自立支援」の考え方を取り入れ、いくつかの施設の名称と役割が見直されました。教護院は児童自立支援施設に改められ、不良行為をした子どもなどを「教え護る」だけでなく、一人一人の自立を支援する施設と位置づけられました。同じ改正で、養護施設(虚弱児施設を統合)は児童養護施設に、母子寮は母子生活支援施設に改められ、児童家庭支援センターが新たに創設されています。

他の選択肢が不適切な理由

・母子寮 ― 児童家庭支援センター:母子寮は母子生活支援施設に改められました。児童家庭支援センターは同じ改正で新しく作られた施設です。
・養護施設 ― 乳児院:養護施設は児童養護施設に改められました。乳児院は制定時からある施設で、名称は変わっていません。
・教護院 ― 児童心理治療施設:児童心理治療施設は、情緒障害児短期治療施設が2016年の改正(2017年施行)で改称されたものです。

【覚え方のポイント】
1997年改正の名称変更は「教護院→児童自立支援施設」「養護施設→児童養護施設」「母子寮→母子生活支援施設」の3つ。2016年改正の「情緒障害児短期治療施設→児童心理治療施設」は別の年、と分けて覚えましょう。
保育士 筆記試験の問題を続けて解く(全1000問) 子ども家庭福祉の一問一答

同じ章の他のテーマもどうぞ。

【PR】